上京し一人暮らしを始めて二ヶ月になろうとしている。月日の流れるのは予想以上に早く、四月の初めに親元を離れ郷里である山形に思いを馳せた事が昨日のことのように思える

 これまで何度か、母や弟が僕に電話を入れてくれた。ちゃんとメシは食べているか、元気でやっているか、というもので我が身を気遣ってくれる暖かい言葉に涙ぐむ僕は、自分からよそよそしく電話を切ってしまったものだった。また、僕が何かの用事で電話をすると、僕に一度切らせ向こうからかけ直してきてくれた。一人暮らしの生活費を考慮してのことだろうか

 そんな中、僕の郵便受けに速達印の押された茶封筒が届いていた。あまりの珍しさに封筒を裏返すと、差出人はなんと父であった。「何改まってるんだ?電話一本で済むことなのに。」といった言葉をぐっと飲み込み、内心では驚きとともに、はやる気持ちを抑えながら中に入った便箋へ目を走らせた。そこには、山形では東京よりも一ヶ月遅れで桜が満開だとか、母はジャズダンスを始め弟はインターハイ予選に向けG・W返上で頑張っているといった、電話ではなかなか聞くことのできなかった家族の躍動があった

 父の手紙は、 『P・S・計画外(余計な)の 費用も必要なのでは:::と思い、友達との交際費などに有効に使ってください。それでは元気で。機会を見てまた電話します。』という言葉で締めくくられ、便箋のクリップとともにやはり一万円札が留められていた。母からの電話の際、母が父に、僕と話をするかと促すと、父は確か、煙草を持って外に出て行ったのだ。そういえば、父は大の「寅さん」映画好きだと記憶している。旅立つ寅次郎の財布にこっそり一万円札を入れる、さくらといったところだろうか

 プラスチックの三段ケース。一段目の引出しをそっと引いてみた。封筒とクリップで留められた一万円札は静かに眠っている。僕は頷き、少し笑んだ。

 

 


   

 


 

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