「コーヒー」。か細い声が届くわけでもなく、スチュワーデスに「コーラ」を渡された隣の彼。大学生にしかできない長期の旅行を叶え、夢の中にいた当時の私。その何気ないコミュニケーションの重みを感じもしなかった

▼「こんなはずじゃない」。手元に届いたのは二つのハンバーガーセット。小腹が空いて、「ハンバーガー二つ」と頼んだ私は、その後流暢な英語に理解している振りをして、「ハンバーガー二つ」と叫んでいた。「なんで。少しぐらいはわかってよ」。自分が思い描いていたように隣で簡単に買う小学生を見て、私の心は暗く沈んだ

▼一昨年の四月。明るく振舞う一人暮しの友達には、何か影があったことを夢の場所でふと思い出す。とても広く感じるホテルの一室。しだいに、傲慢さに溢れ、この国に解けこもうとしない孤独な旅行者が自分だと気付き、無性にさびしい思いにかられた。今まで夢に描いていた旅。それが崩れ始めていく

▼ふと、近くのパブに入ってみたくなった。何をするわけでもなく、ギネスを頼む。ひげが生え、私は見るからに寂しそうだったが、周りの客は陽気に話し掛けてきた。とまどった私だが勇気を出して「私は日本から来た」とたどたどしい声で、ありきたりの言葉をかけてみる。相手は笑った。不思議に単純な言葉が両者の心を結ぶ。単語だけの会話が飛び交う。とまどいと喜びの混じった新鮮さに、私は心打たれ、また夢の続きが見られそうな気がした

▼会話から再スタートした私の旅。普段、気にせず使う会話のおかげで飛行機の中にあった慢心さは消えた。ハンバーガーショップ内での孤独感も、影を潜めた。なぜ今まで会話が自分を助けていたことに気付かなかったのだろう。考えすぎて、口を閉じていた自分を恥じた

▼「何処から来た? 」。あどけない新入生同士が桜の木の下で声を掛け合っている。この時期、当たり前のちょっとしたコミュニケーションの一つなのだが、見かけた私は、何か嬉しく思えた。      (早稲田譲治)

 

 



 

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