田中優子さんが法政大学に入学したのは昭和四十五年。漢文の権威がいた文学部日文学科を志望する。
 「今みたいなもんじゃないですよ。もっと汚かった。だからこういうふうに、なんとなく新しくきれいになっていくのは残念な気がしますね」
 女子大や女の子が好んで入るような大学には絶対行かない。高校時代からしていた学生運動を続けるつもりだった。
 「法政は思った通りの所。水を得た魚のようでした。何をやっても誰も振り返らないし、自由でしたね」  日仏学校に通うなど、とにかく興味の赴くまま勉強。そして学生運動にアルバイト、読書もかなりした。恋愛の方も忙しく、「いつも誰かに恋してましたね」と笑う。自由な恋がしたかった。 卒業後は博士課程を経て、そのまま法政の専任講師となる。「非常勤講師もやらずにいきなりね。講義の仕方、出席の取り方、授業日数、何もわからないのに、誰も教えてくれないんですよ」。お互い誰も干渉せず、決して組織的にはならない。それが法政だった。
 「だから卒業生がかわいそうと思うんです。早稲田や明治に比べてネットワークがしっかりしてないから、仕事上のメリットがないんですね」
 それもこの大学の雰囲気が作っているもの。「私も愛校心全然ないから」。だが他大学の先生と話す度に、やはり法政がナンバーワンだと実感してきた。自分から授業を逃げ出してもいいし、その時その時に自分で行動を決められる。
 専門の江戸文化は小説家・石川淳氏の影響だった。「彼の『江戸文化論』なんか面白くて。石川淳の全集を借金して買って、それをずっと読んでね。それで大学院に入ってから、江戸の研究を始めたんですよ」。江戸文化の研究は古典が基礎。古事記から始まり中国文学や能の世界にも明るくなった。
 「着付け教室なんておかしいと思う。当時は母親から教わりつつ、自分の着方というものを持っていました」。元来、着物は体に合わせて巻くもの。体が主体である。人が着物に合わせて着るという発想自体おかしいという。 「時代劇なんかでも、寺子屋の子供たちがきちんと座ってるのは、あれは嘘だなって思うの」。当時の寺子屋の絵を見ると、机は部屋のあちらこちらに散らばている。子供は先生の方など向かず好きに勉強できた。「個人教育」だったからだ。事実、当時の教科書は人それぞれ違っており、一人一人の年齢や興味、その子の将来就くであろう職業によって教育方法を自由に変えていた。
 「今みたいになっていくのは明治以降。工場、軍隊ができるのにあわせて、それに相応しい子供、規格品を作ることになるのね」。それが高度経済成長のための即戦力となった。  「今、低成長時代に入ってみんな不安を抱えてますけどね、何にも起こらないと思う。私はわかる」。江戸時代は非常に低成長な時代だった。ただ、その頃と違うのは、現代は食料を輸入に頼りすぎているということだ。「人間って自分の食べ物を作れるわけですよ。そういう基本にまで戻ってしまえば、別段怖いものなんてないんですけどね」
 江戸時代、GNPはほとんどゼロ。それでも人々は生き、多くの文化を生んできた。
 「たとえばインドネシアなんてのは、本当はすごく食べ物とか豊かな国なの。なのに何で暴動が起きるかっていえば、都市生活者が手放してきたのね、自分に身に付いていた技を。だから、彼らだって覚悟を決めて島(農村部)に帰ってしまえば普通の生活に戻れるんです」 だが、日本にはもう、その帰るべきところがない。高度経済成長と引き替えに、田畑は工場となり、山は住宅地へと姿を変えた。人は故郷を離れ、過疎地には老人だけが残った。「江戸時代に入る直前まで、日本って技術持ってない国だったの。で、何で決算してたかっていうと、当時たくさん採れていた金とか銀でね。でも銀の生産が頭打ちになり行き詰まってしまうのね」。それは世界経済の中での没落だった。そこで「技術」が国家再建の柱となり、江戸時代、様々な技術が洗練されていた。例えば明治の生糸産業も、江戸時代に培われてきた技術がなければ為し得なかったという。
 「大学卒業してから修行するのって遅すぎる。それこそもっと中卒が増えてもいいと思ってるの。大学もそれに合わせて変えていくべきよ」。技術は一旦身につければ、他の分野でも応用が利く。だが、いくら多くの知識を詰め込んでも応用力や創造力がなければ、これからの社会では意味がない。右肩上がり時代の「規格品」がもはや通用しない時代が来ている。
 「今の学生は同質化してるのよね。でも法政はね、他の大学に比べれば、まだ面白いばらつきはあると思いますよ。法政はとにかく自由なのがいちばんいいですね」

 

 


 

田中優子(たなか・ゆうこ) 1952年横浜生まれ。法政大学卒業後、法大大学院博士課程(日本文学専攻)修了。現在は法政大学第一教養部教授として教壇に立つ傍ら、資生堂のCMやテレビにもコメンテーターとして出演し話題になっている。著書「江戸の想像力」(筑摩書房)で、芸術選奨励文部大臣新人賞を受賞。  

 



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